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色々と書く

悪の教典

前置き

先日、Kindleホワイトペーパーという電子書籍を購入した。もはや紙の本など場所は取るし持ち運ぶにはかさばるし分厚さによっては結構重いしで、前時代的なものでしかないと言う人を見たことがあって、それは違うだろうと思っていた。

電子書籍専用の端末を購入したのは初めてのことだったが、暇なときにスマートフォン青空文庫のアプリを使用して文豪たちの作品を読んでいたこともあり、液晶上で読むことへの違和感を抱いており、言ってしまえば電子書籍なんてありえないという考え方を私はしていたのだ。

どうしてかと言えば、本を捲るときの指触りと音、日に日に残りページ数が物理的に少なくなっていく様子、全てを読み終えて閉じたときに背表紙を眺めつつ浸る余韻、そういう色々が読書の素晴らしさを感じられるファクターになっているからだと、断固として譲らぬ想いがあったからだ。

ところがどっこい、Kindleを何となく購入してみていざ使用してみると、これはちょっと考え方を改めざるを得ないということになってしまった。

まず、スマートフォンなどで読むよりも冗談抜きで二十倍くらい読みやすい。説明が難しいのだが、Kindleホワイトペーパーは電子書籍を読むことだけに存在するものなので、画像を綺麗に見たりする必要は無いわけで、(多分)活字を鮮明に表示することのみに特化しているため、全く目が疲れない。真実は私の関知するところではないが、本当にスマートフォンやパソコンで見る活字とは全然違って見える。なんなら、紙よりも見やすい。

さらに、バックライトの明るさを広い範囲で調整できる。寝る前にうつらうつらしながら小説を読むのが日課だが、紙で読んでいるとどうしてもネックになるのが電気を消すと何も見えないという点になる。このため、読みながら寝落ちするのではなく、一度電気を消してから寝る体制に入る必要があり、個人的にはこれが非常にいやだったので遂にKindleを買うに至り、もちろん解消されたので大満足だ。

極め付けは、その場で言葉の意味を調べたり、お気に入りの一節をピックアップして後から確認することができる。

読書をしていると知らない言葉や諺などが出てくるなんてのは誰にだってあることだし頻繁に起こることだと思うが、そのときにその場で即座に意味を調べられるのは便利すぎる。その場とは、わざわざ携帯なりパソコンなり辞書なりを引かなくともという意味で受け取って欲しい。最終的に、これが1番買って良かったと思える点となった。

もうおそらくは紙には戻れないかもしれないなあという感じがある。

ともあれ、端末があっても本を買わなければ何の意味もないので、色々と迷ったあげく、初めて購入する作品は貴志祐介著「悪の教典」にした。

私は悪の教典を一度も読んだことがなく、映像化されているほうも全く触れていない。しかし、あらすじは少し知っており前から買おう買おうと思っていた作品ということもあり、この機に購入した。愛読書となっているいくつかの作品を買う案もあったのがが、まあどうせなら読んだことないものにしようという結論に至った。

だいぶ前置きが長くなったが、悪の教典について所見を述べていく。

所感

かなり有名な作品なので梗概を記すのは今さらな気もするが、あったほうが気分的にやりやすいので手短に済ませる。

蓮見聖司という高校教師が自分の障害となる人間をひたすら殺していく様子を描いたものとなっている。

上巻と下巻があり、上巻の序盤から中盤くらいがもっとも面白かった。

はじめのうちのほんわかとした雰囲気の中でさらりと語られる蓮見の残忍で冷酷な描写が点々とあって、それがとても良かった。下巻からは蓮見が受け持つクラスの生徒全員を殺害していくことになるのだが、人が死にすぎてるしこの時点では既に蓮見の残虐性を充分にこっちも知っているのであんまり何も感じなくなっている。

とはいっても見どころはやはり下巻のその部分となるだろう。

学園祭の準備に向けて一夜を学校で過ごすことになった生徒たちを、蓮見は軟禁状態にし順に殺害していくのだが、その過程は緊張感があったようななかったような、微妙なところだった。

蓮見を殺人鬼だと疑う生徒もいれば断じてそんなことはないという生徒もいる。未読の方の為に書くが蓮見は表向きでは良い教師で生徒や教師からの信頼も抜群であり特に女生徒からはめっぽう信頼と好意を寄せられている。

そういうわけで、生徒間での人間関係云々や仲間割れ云々があったりしつつ、孤立した夜の校舎で蓮見は猟銃片手に殺人を、生徒たちはめいめいの想いに沿った方法をもって抵抗をする、そういった風になっている。

なぜ緊張感が足りないかといえば、これは私の問題となってきてしまう。

どうせ蓮見が負けはしないというのを、どこかで確信しているから、少しつまらなく感じてしまう。最終的には何かしら報いがあるのだろうが、生徒ごときに殺されたりはしないだろうというのが分かりきっているのが駄目だった。

何の作品でもそうだが、例えば少年漫画を例に挙げると、主人公は苦戦はするが最後は基本的に勝つし、そうなることはこちらも分かっている。相手や味方が死んだとしても、ファンタジー要素が強すぎるあまり「死」への恐怖や人物への同情は持ちづらく、本当の意味で死を描いてるものは滅多にない。それでも面白いと思えるのはキャラや戦闘シーンなどがかっこいいからであり、主人公が勝つことや誰かが死ぬことが面白い訳ではない。

しかし、こういった内容となると話は別で。現代の日本の学校で起きる惨劇という手汗を握る展開なのに、蓮見がどうせ勝つ(でも犯罪者だから最後は何かしら報いを受けるだろう)という先入観が強すぎるあまり、何が起きようが全く緊張できない。

蓮見のことを完全に信頼している女生徒が散弾銃を向けられ狼狽し、一方で蓮見は何も思うとこなく引き金をひく様子などは面白いが、これも2回目以降は飽きてくる。

大量殺人を終えた蓮見が逮捕されることになったのは、AEDが使用される際の録音機能が証拠となったが、これは正直分かりやすすぎて物足りなかった。とはいっても推理小説ではないので蓮見の逮捕となる決め手そのものにさして意味はないのだが、予想が付きやすかったがゆえに、むしろ安易すぎて違うよなと思っていたところに、やっぱりその通りだったのでガッカリした。

色々と難癖をつけてばかりに見えるかもしれないが、凄く面白かったし、また読み返すと思う。実際のところ、良いところを挙げるよりも気に入らなかったところを挙げた方が遙かに少なくて済むのでそうしているに過ぎない。

何より貴志祐介の作品は読みやすいので好きだ。知識も尋常じゃないほど豊富で使い方が上手だし、文体も癖がなくすらすらと読める。貴志祐介の著書を一冊読み終えるごとに知能指数が上昇している錯覚に陥るくらいだ。

それと、本編終了後にあるアクノキョウテンという題の短編のオチは声を出して笑った。

とにもかくにもお腹いっぱい大満足の一冊だった。